From fukuchi @ is.titech.ac.jp Mon Aug 11 03:22:51 2003 From: fukuchi @ is.titech.ac.jp (Kentaro Fukuchi) Date: Mon, 11 Aug 2003 03:22:51 +0900 (JST) Subject: [Faif-translation] 1章査読 Message-ID: <20030811.032251.44792651.fukuchi@is.titech.ac.jp> 福地です。 1章の査読の続きです。随分時間が経ちましたが。 失礼を承知でかなり大々的にいじったので、真鵺道での記述はあきらめて、 diffっぽい表記にしています. -元訳 +試訳 ;コメント となっています。無印は元訳のまま残したものです。 プリンタとして使用するためにマシンを改造するにあたって、ゼロックスのエンジニアたちは ユーザとマシンの関係を微妙ではあるがややこしいものに変えてしまった。 -マシンは操作する人間の補助をするものから、 -ネットワークで繋がった全員の仕事をこなすものになったのだ。 +マシンは、それを操作するたったひとりの人間に対して仕事をするものから、 +ネットワークで繋がった全員の仕事をこなすものへと作り変えられた。 ;individual humanには「補助をする」でentire populationには「仕事をこなす」では対応がおかしい。 -マシンの傍に立っているかわりに、ネットワークの端にいる人間のユーザーが、 -望みのコンテンツが大規模なバケツリレー方式で狙った目的地まで届いて仕上がってくれるのを期待しながら -印刷コマンドを送る。希望した文書がほとんど仕上がらなかったのが分かるのは、 -最後に出力されたものをチェックしに行ってからだ。 +マシンのすぐそばに立っているかわりに、ユーザーはネットワークの端っこから、 +望みの印刷内容が思いどおりの場所へ届いて、ちゃんと仕上がってくれることを期待しながら、 +印刷命令をバケツリレー式に連なったマシンを通して送り込むのだ。 +それがほんの一部しか印刷されていなかったと知るのは、しばらくして最終出力をチェックしに行ってからのことだ。 ;できるだけ忠実な訳にしてみた。"directly over the machine"のくどさを反映させて「すぐそばに」 ;"little of desired content"は単純に「(印刷物の)一部」とした方がわかりやすいと思う。 ;"finally"は、時間の経過を感じさせる語なので、ここでは「しばらくして」にしておいた。 ストールマン自身、最初に問題を確認して、改善手段を提案した一人だった。何年か前、 -研究所がまだ古いプリンタを使っていた時代、ストールマンは同じような問題を -プリンタの制御に利用されていた PDP-11 上のソフトウェアの中を開いて解決したことがあった。 +研究所がまだ古いプリンタを使っていた頃にストールマンは同じような問題を、 +研究所のPDP-11上で動いてたプリンタ制御用のソフトウェアの中に手を入れて解決したことがあった。 ;「時代」は重いので「頃」に。「制御に利用されていたPDP-11」だとPDP-11が制御専用のような印象を ;受けるので、こうした。"open up the software"を「ソフトウェアの中を開いて」では意味不明。 -紙づまりは駆逐できなかったが、 PDP-11 に -プリンタを定期的にチェックして研究所のセントラル・コンピュータ PDP-10 にレポートを -送信させるコマンドを挿入することは出来た。 +紙づまりを無くすことはできなかったが、 ストールマンはPDP-11に、 +定期的にプリンタをチェックしてその結果を研究所のセントラル・コンピュータPDP-10に報告させる +コマンドをもぐり込ませる事はできた。 ;「駆逐」は重い。「PDP-11に」以下の文がちょっとわかりにくいので「その結果を」を挟んで ;わかりやすくしたつもり。「挿入」のかわりに「もぐりこませる」は意訳。単に雰囲気の問題。 -あるユーザーの怠慢により一連の印刷ジョブが全てダウンしてしまわないよう、 -彼は PDP-10 がどのユーザーにもプリンタが詰まっているので印刷ジョブは待つようにと知らせるように -命令するコマンドも挟んでおいた。 +一人のユーザーの怠慢が一連の印刷ジョブを全てダウンさせてしまわないようにするために、 +ストールマンはPDP-10に、印刷の順番待ちをしているユーザーみんなに紙詰まりを知らせるよう +命令するコマンドも挟んでおいた。 ;"notify every user with a waiting print job"は、 ;「どのユーザーにも〜知らせる」のではなく、「印刷の順番待ちをしているユーザーみんなに〜知らせる」 -このお知らせは、例えば「プリンタに紙が詰まっています。直してください」 -といったようなシンプルなもので、問題を修復する必要に最も迫られた人に届くため、 -それなりの時間内に解決される確率が高い。 +そのお知らせは、例えば「プリンタに紙が詰まっています。直してください」 +といったようなシンプルなもので、紙詰まりを直す必要に最も迫られた人々に届くため、 +そこそこのうちに問題が解決される可能性が高くなる。 ;微妙な表現の修正。「この」よりは「その」かな、といった程度。はっきりした根拠はなし。 改良が進むにつれ、ストールマンの方法は遠回しではあるが洗練されたものになった。 -問題の機械的な部分については直さないが、 -ユーザーとマシンの間の情報ループを閉じることによって次善の策の役目は果たす。 +問題の機械的な部分を直すものではないが、 +ユーザーとマシンの間に情報の経路を設けることで次善策にはなった。 ;Wikiのコメントにもあったように、"close the loop"は「経路を完成させる」の意味が感じられる。 ;似たような表現で"close a circuit"は(電子)回路を作る事を意味する。回路の場合、全体を閉じる ;ことで初めて動作するわけだが、この "information loop" にもそのイメージがあるのではないか。 ソフトウェアのコードに追加された数行のおかげで、AI 研の職員はプリンタまで行ったり来たりして チェックするために毎週費やしていた時間の10分か15分を省くことができるようになった。 プログラミングの用語でいうなら、ストールマンの修復方法はネットワーク全体の知恵を寄せ集めて利用するものだ。 ;ここは未解決。"programming terms"に訳せていない。雰囲気としては「寄せ集めて」というよりかは ;「ネットワーク全体に行き渡らせる」というイメージがあるのだが… 「そのメッセージを受け取れば、誰かが直してくれるだろうとはいっていられなくなるんだ」 この仕組みを思い出しながらストールマンは言った。 「自分がプリンタのところに行かなきゃならない。プリンタにトラブルが起こって1、2分もすれば、 -メッセージを受け取った2人か3人がやって来てマシンを直す。この2、3人の中の少なくとも1人くらいは、 -たいてい直し方を知っている」 +メッセージを受け取った2人か3人がマシンを直しにやって来る。この2、3人の中の少なくとも1人くらいは +たいてい直し方を知っているだろう」 ;「やって来てマシンを直す」だと、その後に来る「1人くらいは直し方を知っている」とうまく呼応しない。 この手の見事な解決手段は AI 研とそこに生息するプログラマのトレードマークだった。 -実際、AI 研でも最高のプログラマはプログラマ用語を嫌い、 -その代わりにもっと俗語めいたハッカーという職業名を好んだ。 +実際、AI 研でも最高のプログラマ達は「プログラマ」という言葉を嫌い、 +その代わりにもっと俗語めいた「ハッカー」という職業名を好んだ。 ;"the term programmer" = 「プログラマという言葉」 ;「プログラマ」を引用符で囲んだので、対応する「ハッカー」も囲んだ。 この仕事名がカバーする活動は非常に多く、クリエイティブで愉快なものから既存のソフトウェアや コンピュータ・システムの改善までのあらゆるところまで及んでいる。 -だが、この名前が暗に意味しているのは、 +だが、この名前が暗に内包しているのは、 ;"implicit within the title"の"within"を活かした訳。これも好みの問題か。 古風なヤンキー的創意工夫の概念だ。ハッカーになるためには、ソフトウェアのプログラムを書くのはただの始まりに 過ぎないという哲学を受け入れなければならない。 -真のハッカーの技量が試されるのはプログラムの改良なのだ。 (1) +ハッカーの技量が真に試されるのは、プログラムの改良においてなのだ。 (1) ;"the true test"なので、「真のハッカー」というのはおかしい。 -ゼロックスのような大企業が自分たちのマシンやソフトウェアをハッカーたちがいつも集まっている場所に +ゼロックスのような企業が自分たちのマシンやソフトウェアを、ハッカーたちがいつも集まっている場所に ;原文には特に「大企業」となるような語は書かれていない。 -寄贈していのは、主にこの哲学がその理由だった。ハッカーがソフトウェアを改良すれば、 +寄贈していたのは、主にこの哲学のためだった。ハッカーがソフトウェアを改良すれば、 ;脱字訂正。ちょっと表現がくどいように思えたので「主にこの哲学のためだった」としてみた。 -企業はそれを借用して販売する市場向けのアップデート版に取り入れることができる。 +企業はそれを借用して市場向け製品のアップデート版に取り入れることができる。 ;"commercial marketplace"が「販売する市場向けの〜」では意味不明。 企業の側からすれば、ハッカーは利用可能なコミュニティという資産であり、 最小限のコストで利用できる研究開発補助部門だったのだ。 -ストールマンがゼロックスのレーザープリンタの紙づまり問題を発見したときにパニックを起こさなかったのは、 -このギブアンドテイクの哲学があったからだ。 +このギブアンドテイクの哲学があったが故に、ストールマンはゼロックスのレーザープリンタの紙づまり問題を +発見してもパニックを起こさなかった。 ;前段落が頭でっかち文で始まるように訳したので、こっちは軽く訳した。既出のものを指す語はできるだけ頭に ;もって来た方が良いというのもある。 -彼は単純に新しいシステムのために古い改良箇所や「ハック」をアップデートする方法を探そうとした。 +彼は普段通りに、この新しいシステムに前にやったやり方を適用するか、さもなくば「ハック」する +方法を見付けようとした。 ;"simply"は確かに「単純に」だが、日本語としてわかり難いように思えたので「普段通りに」と意訳した。 ;ここは原文でもわかりにくいのだが、新しいシステムには"old fix"は施されてはいないのではないか。 ;とすると、ストールマンがやろうとしたのは、"old fix"を新システムにも適用しようしたか、あるいあ ;ハックする方法を見付けようとした、という事だと思う。 だが、ゼロックスのレーザープリンタ用ソフトウエアを調べてみると、ストールマンは厄介なことを発見した。 -プリンタにはソフトウェアがないのだ。とにかく、ストールマンや仲間のプログラマにも読めるものが何もない。 +プリンタにはソフトウェアがないのだ。少なくとも、ストールマンや仲間のプログラマにも読めるものは何もない。 ;"at least"は単に「少なくとも」 -それまではどの企業もソフトウェア毎にマシンに命令を伝えるコマンドの書かれたソースコードを -読めるテキストファイルを出すくらいのことはしてくれていた。 +それまではどの企業もソースコードを、つまりマシンに命令を伝えるソフトウェアについて記述した、 +読むことができるテキストファイルを、提供するのを礼儀としたものだ。 ;"a form of courtesy"を訳出しておいた。 ;"publish source-code files"なので、提供したのはソースコード。次の"-readable" の先頭はダッシュだろう。 -今回、ゼロックスはソフトウェアをコンパイルされた、いわゆるバイナリ形式で提供していたのだ。 +今回ゼロックスはソフトウェアを、コンパイルされたファイル、いわゆるバイナリ形式で提供していたのだ。 ;読点の位置が不適当に思えたので。 -プログラマは好きなときにファイルを開いても構わなかったが、 -1と0が延々と続くのを解読する専門家でもない限り、 -出力されるテキストはまったく訳の分からない代物だった。 +プログラマはそうしたければ自由にファイルを開くことはできたが、 +延々と続く1と0の列を解読する専門家でもない限り、 +得られるテキストはまったく訳の分からない代物でしかなかった。 ;「好きなときに」はふさわしくない。「そうしたければ」の突き離したような語感がいいと考えた。 ;あとは読み易さを意図した修正。 ストールマンはコンピュータの知識は豊富だったが、バイナリファイルを解読するのは専門外だった。 しかしハッカーである彼には他にもお得意の手がある。情報の共有という考えはハッカー文化の中心をなすものであり、 -時間さえ過ぎればどこかの大学の研究所か企業のコンピュータ室のハッカーが -立派なソースコードのファイルと一緒にいずれかのバージョンのレーザープリンタのソースコードを +ストールマンには、これは単に時間の問題でそのうちに大学の研究所か企業のコンピュータ室のハッカーが、 +レーザープリンタのソースコードについての説明書きを立派なソースコードのファイルと一緒に ;"a matter of time"は「時間の問題」と訳すのが定石。 ;"a version"はおそらく「見解」とか「説明」の方。いわゆるバージョン番号の意味だとここでは理解不能。 提供してくれるだろうと分かっていたのだ。 -最初の何度目かの紙づまりの後で、 +最初の何度かの紙づまりの後で、 ;「目」は必要ない。 ストールマンは何年か前にも似たような状況があったことを思い出して気を粉らせた。 研究所で PDP-11 をもっと効率よく PDP-10 と連動させるためのクロスネットワークプログラムが必要になったことが あった。研究所のハッカーには手に負えなかったが、ハーヴァード大学の卒業生だったストールマンは -ハーヴァード大のコンピューターサイエンス学部のプログラマが書いた似たようなプログラムがあったのを思い出した。 +似たようなプログラムをハーヴァード大のコンピューターサイエンス学部のプログラマが書いたのを思い出した。 ;「プログラム」関連の部位を頭に持って来た。ハーヴァードが連続するのもうるさいと思ったので。 ハーヴァード大のコンピュータ研究所はオペレーティング・システムは別だが同じ PDP-10 を使っていた。 -またハーヴァード・コンピュータ研究所には PDP-10 にインストールされるあらゆるプログラムは +またハーヴァード・コンピュータ研究所には PDP-10 にインストールされるプログラムは全て、 ;どっちがいいかなぁ、僕はこっちがいいなぁ、という程度。 公開されたソースコードと一緒でなければならないというポリシーがあった。 ハーヴァードのコンピュータ研究所に出入りできる立場を活かして、 ストールマンはちょっと立ち寄ってクロスネットワークのソースコードのコピーを取り、AI 研に戻った。 そのとき彼は AI 研のオペレーティング・システムにさらに適合するようソースコードを書き直した。 そして彼は AI 研のオペレーティング・システムにさらに適合するようソースコードを書き直した。 ;「そのとき」はどこから? -特にたいしたごたごたもなく、AI 研 はソフトウェア・インフラ格差を埋めることが出来た。 +特にたいしたごたごたもなく、AI 研 は研究所のソフトウェア・インフラにあった溝を埋めることが出来た。 ;「インフラ格差」はMITとハーヴァードとの間にある格差を連想させる。 ;ここでいう"gap"は、AI研の PDP-11 と PDP-10 が連動していなかった、という事を指している。 -ストールマンはさらにオリジナルのハーヴァードのプログラムにはなかった機能をいくつか付け加えて、 +ストールマンはさらに元のハーヴァードのプログラムにはなかった機能をいくつか付け加えて、 ;あまりカタカナは使わない方が好き。 プログラムをより便利なものに仕上げた。 「僕らは大喜びで何年もそいつを使い続けたよ」とストールマンは語っている。 -1970年代のプログラマの見方では、 +1970年代のプログラマの考え方からしてみれば、 ;「見方」と「考え方」の違いは特に意図してません。単に「からしてみれば」の方が座りが良いと考えただけ。 -ソフトウェアのやり取りは近所に寄ってお隣から工具や砂糖を借りてくるのに等しい行為だった。 +この遣り取りは工具や砂糖を借りてくるためにお隣に立ち寄るのと同じ事をソフトウェアに +置き換えたようなものだった。 ;"(A) equivalent of (B)" で、 "(B)の(A)版"といったような意味。 ;つまり、工具や砂糖を借りる習慣のソフトウェア版、という意味になる。 -唯一の違いは、AI 研のためにソフトウェアをコピーさせてもらうのにストールマンは -ハーヴァードのハッカーに自分たちのオリジナルのプログラムを使えなくしてしまうことはないという点だけだ。 +唯一の違いは、AI 研のためにソフトウェアのコピーを借りても、 +ストールマンはハーヴァードのハッカーに彼等のオリジナルのプログラムを使えなくしてしまうような +ことはないという点だけだ。 ;忠実訳だと「コピーを借りる」。実際たいした違いはないが、「借りる」という表現が再び出てくる事に意味がある。 むしろハーヴァードのハッカーはこの場合は得をしている。なぜなら、 -ストールマンは自分でそのプログラムに追加の機能を導入し、 -ハーヴァードのハッカーはそれを完全に自由にまた借りてくることができるのだから。 +ストールマンはそのプログラムに自分で追加の機能を導入しており、 +ハーヴァードのハッカーはその機能をまったく自由にまた借りてくることができたからだ。 ;"had introduced"なので、後続の文との接続も考えると「導入し」よりかは「導入しており」。 ;「完全に自由に」は通りが良くない。 -ハーヴァードからは誰もプログラムを借り出しに来た人はいなかったが、 +ハーヴァードからは誰もプログラムを借り出しには来なかったが、 ;「誰も〜来た人はいなかった」ではおかしい。 -民間の建設会社 Bolt, Beranek & Newman のプログラマがやって来てプログラムを借り出し、 +民間のエンジニア企業 Bolt, Beranek & Newman からプログラマがやって来てプログラムを借り出し、 ;「建設会社」はどこから? -いくつか機能を追加したものを -すぐに AI 研のソースコード・アーカイヴに取り込んだことをストールマンは覚えていた。 +いくつか機能を追加していったのを覚えていた。 +その機能をストールマンはすぐに AI 研のソースコード・アーカイヴに取り込んだのだった。 ;こういう、英文での順番を保存した訳が好み。「ソースコード・アーカイヴ」は日本語訳が欲しいところ。 「プログラムは都市開発みたいに開発されていくものなんだ」AI 研のソフトウェア・インフラを思い起こしながら ストールマンは語っている。「あちこちが差し換えられ、再構築されていく。新しいものも追加されていくだろう。 でもいつでもどこかを見て『ほう、スタイルからすると、ここは60年代初期に書かれたんだな、 それからこっちは70年代中頃のものだ』と分かるものなんだ」 知識を追加増大させていくこのシンプルな手法を通じて、AI 研やその他の場所にいるハッカーたちは -強力な作品を作り上げていた。 +強固な作品を作り上げていた。 ;"robust"は「強固」。ここでは耐故障性などの特性をイメージした語の方が適当。 -西海岸では AT&T の下級エンジニアと共同作業していたカリフォルニア大学バークリー校のコンピュータ科学者たちが、 -この手法でオペレーティング・システムをまるごと完成させた。 +西海岸ではカリフォルニア大学バークリー校のコンピュータ科学者たちが、 +AT&T の下級エンジニアとの共同作業により、この手法でオペレーティング・システムをまるごと完成させた。 ;ここでも原文の語順を尊重。どっちでもいいかな。 -Unix と呼ばれる、学究レベルではよりまともな旧式の Multics という名のオペレーティング・システムの影響を受け、 -そのソフトウェア・システムは磁気テープにコピーする実費と送料を負担する気があれば -どのプログラマにも利用可能なものだった。 +旧式で学問的には素晴しい出来だったMulticsという名のオペレーティング・システムの影響を受けている +このソフトウェア・システムはUnixと呼ばれ、磁気テープにコピーする実費と送料を負担する気があれば +プログラマの誰もが利用可能なものだった。 ;"academically respectable"は、「学問的には美しい(けど実用的には疑問)」という感じが込められている。 ;わかりにくかったので語順を入れ替えたのだが、Unixという語が埋もれてしまった。 ;「どのプログラマにも」という表現は個人的には違和感がある。 -全てのプログラマが自らをハッカーと呼ぶこのような文化に加担していたわけではないが、 -大半の人間はリチャード・M・ストールマンと同じ感情を分かち合っていた。 +全てのプログラマが、自らをハッカーと呼ぶこのような文化に加担していたわけではないが、 +大半の者はリチャード・M・ストールマンと同じ感情を分かち合っていた。 ;「人間」は重い。 -カルマを上げるためにもどうして単純な欲求を分かち合うのは当然ではないか。 +あるプログラムやソフトウェアの修正があなたの問題を解決できるのなら、 +それは他の誰かの問題の解決にも役立つだろう。 +ならば純粋な欲求に従ってそれを分かち合い、カルマを高める方が良いに決まっているでないか。 ;"If a program ... somebody else's problems"がすっぽり抜けている。 ;「単純な欲求を分かち合う」ではおかしい。 ゼロックスがソースコードを共有したがらなかったという事実は当初 -たいしたことではないように思われた。 +そんなに困ることではないように思われた。 ;"annoyance"を尊重した訳。 ソースコードのファイルを探していたとき、ストールマンはゼロックスにわざわざ連絡したりはしなかったという。 「もうレーザープリンタをもらっていたんだから」ストールマンは言った。「また世話をかけるのも悪いだろ?」 -しかし、望んでいたファイルを出すのに失敗すると、ストールマンに疑問が芽生えた。 +しかし、望んでいたファイルを見つけ出すのに失敗すると、ストールマンに疑問が芽生えた。 ;「ファイルを出す」ではわからない。 -前の年に彼はカーネギーメロン大学の医学生との間にある揉め事を経験していたのだ。 +前の年に彼はカーネギーメロン大学の博士課程の学生との間にある揉め事を経験していたのだ。 ;"doctoral student"は「博士課程の学生」 -ブライアン・リードというその学生は、Scribe という名の便利なテキスト・フォーマット用プログラムの作者だった。 +ブライアン・リードというその学生は、Scribe という名の便利なテキスト整形用プログラムの作者だった。 ;一般人の読者(がいるかどうかは別として)を考えて、「整形用」と日本語訳した。 ユーザーがネットワーク越しにドキュメントを送信する際にフォントや書式を指定できる最初のプログラムの一つで、 ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の共通語である HTML に先駆けるものだ。 1979年にリードは Scribe をピッツバーグ近郊のソフトウェア会社 Unilogic に売却することにした。 彼が言うには、大学院生としての生活が終わるので、プログラムがパブリック・ドメインになってしまわないように 配慮してくれるデベロッパに委ねる方法を探していただけだという。 -取り引きを有利にするため、リードは時限式機能、プログラマの用語で「時限爆弾」と呼ばれる、 -無料でコピーされたそのプログラムを90日後に期限切れにして動かなくさせるプログラム一式を -追加することにも同意した。アクティベーションさせるためにはユーザーはソフトウェア会社に料金を支払って +取り引きを成立させるため、リードは時限式機能、プログラマ達の言葉で言えば「時限爆弾」だが、 +そのプログラムの無料コピー版を90日後に期限切れにして無効にするプログラム一式を +追加することにも同意した。無効化を避けるには、ユーザーはソフトウェア会社に料金を支払って ;"sweeten deal"は、その取り引きをうまみのあるものにする事で成立を図る、という意味ではないか。 ;"timeb-bomb"を入れる事が「有利になる」というのでは意味がわからない。 ;「アクティベーションさせる」はまだまだ一般語ではないだろう。 内部の時限爆弾機能を解除するコードをもらわなければならない。 リードにとっては、この取り引きは両者共に利益となるものだった。 Scribe はパブリック・ドメインになることもなく、Unilogic 社は投資を回収することになる。 -ストールマンにとっては、それはプログラマの倫理への裏切り以外の何物でもない。 +ストールマンにとっては、それはプログラマの倫理への裏切り以外の何物でもなかった。 ;過去形 -互いに共有し合うという意図を尊重せず、その代わりにリードは -企業にプログラマが情報アクセスするために支払いを強制させるための手段を盛り込んだのだ。 +互いに共有し合うという意志を尊重する代わりにリードは、 +プログラマに情報アクセスのための支払いを強要する手段を会社のために盛り込んだのだ。 ;読み易さの向上 -一週間が過ぎ、ゼロックスのレーザープリンタのソースコードを突き止めるという試みが壁に行き当たった頃、 +一週間が過ぎ、ゼロックスのレーザープリンタのソースコードを突き止めるという試みが壁に行き当たった頃には、 ;"As ..."を活かす ストールマンは前と同じような金のためのコードというシナリオが動いているのではないかと勘付き始めた。 ストールマンは前と同じような、コードのための金というシナリオが動いているのではないかと勘付き始めた。 ;"money-for-code"は「コードのための金」ではないか。 -だが手も足も出なくなる前に、ようやくプログラマの風の噂でいい知らせが伝わってきた。 +だがその疑念について行動を起す前に、プログラマ仲間の噂でいい知らせがようやく伝わってきた。 ;"Before Stallman could do..."は、素直にこう訳すのでは。こういう慣用表現があるのかな。 話によれば、カーネギーメロン大学のコンピュータ・サイエンス学部の科学者がゼロックスのパロアルト研究所の仕事を 辞めたという。その科学者が件のレーザープリンタを担当していたのだが、 -噂では彼はカーネギーメロン大学の調査業務の一環として今でもまだその担当だというのだ。 +噂では彼はカーネギーメロン大学の研究業務の一環として今でもまだその担当だというのだ。 ;"research"は学術分野では普通「研究」。 -これまでの疑いは捨て、ストールマンは次にカーネギーメロン大学のキャンパスを訪れる際には -その人物が誰なのか突き止めてやろうと堅く決意した。 +これまでの疑いは捨てて、ストールマンは次にカーネギーメロン大学のキャンパスを訪れる際には +その人物が誰なのか突き止めてやろうと固く決意した。 ;決意する際は「固い」。「堅く決意する」だと、「手堅く」の意味になってしまう。 ほどなく、その機会がやってきた。カーネギーメロン大学にも人工知能を研究するための施設があり、 数ヶ月以内にストールマンはビジネス絡みの理由からキャンパスを訪れることになったのだ。 -訪問中、コンピュータ・サイエンス学部に立ち寄るのを忘れなかった。 +訪問中、彼はコンピュータ・サイエンス学部に立ち寄るのを忘れなかった。 ;主語が抜けていたので補った。 -学部の職員はゼロックスのプロジェクトを指揮する教員用施設に案内してくれた。 +学部の職員はゼロックスのプロジェクトを指揮する教員用オフィスに案内してくれた。 ;"office of the faculty member"なので、とりあえず「オフィス」。後続の文でも「オフィス」なので。 ストールマンがオフィスに辿り着くと、教授がそこで仕事をしていた。 -エンジニア風のスタイルで、会話は真摯だがぶっきらぼうなものだった。 +会話はまさにエンジニア同士のスタイルで、友好的ではあるが遠慮のないものだった。 ;"engineer-to-engineer"とあるように、エンジニア「間」の会話であるところが重要。 ;「ぶっきらぼう」だと不機嫌そうな雰囲気がある。後の文で書かれているように、ストールマンは(エンジニア流の) ;友好的な態度をとっている。 MIT から来たとおおまかな自己紹介を済ませると、ストールマンは PDP-11 に移植するので レーザープリンタのソースコードが欲しいと頼んだ。すると驚いたことに、 教授は彼の申し出を聞き届けるのを拒んだのだ。 「君にコードは渡さないと約束してしまったんだと言ってたよ」とストールマンは語っている。 記憶とはおかしなものだ。この件から20年経って、 -ストールマンの過去の記憶は周知のごとくすっぱり途切れている。 +ストールマンの当時の記憶は見事なまでに空白になってしまっている。 ;「過去の記憶が途切れている」では記憶喪失みたいだ。"nortoriously"はちょっとよくわからない。 ;雰囲気としては「音に聞こえた」「悪名高い」という意味だと思うので、こう訳してみた。 訪問の目的や、その年のいつ頃のことだったのか思い出せないだけでなく、 -その会話の相手だった教授か大学院生を思い出すことさえ出来ないのだ。 +その会話の相手が教授だったかか博士課程の学生だったかを思い出すことさえ出来ないのだ。 ;忠実に -リードによれば、ストールマンの頼みを断ったその相手はゼロックスのパロアルト研究所の元調査員で -現在はコンピュータ技術の大企業サン・マイクロシステムズの研究機関 Sun Laboratories のディレクター、 +リードによれば、ストールマンの頼みを断ったその相手はゼロックスのパロアルト研究所の元研究者で +現在はコンピュータ技術の大企業サン・マイクロシステムズの研究機関 Sun Laboratories の所長、 ;「元調査員」だとスプロールがあまりにもかわいそう。前にも書いたように"research"には研究の意味がある。 ;"director"は日本では「所長」「室長」。 ロバート・スプロールではないかということだ。 1970年代、ゼロックスのパロアルト研究所にいた頃にスプロールは件のレーザープリンタ用ソフトウェアの 主要開発者だった。1980年頃、スプロールは他のプロジェクトと同時にレーザープリンタの作業も続けていた -カーネギーメロン大学で研究員の地位に就いている。 +カーネギーメロン大学で、教官の地位を得ている。 ;"faculty research position"は日本語だと「教官」 -ストールマンが欲しがったのはスプロールがカーネギーメロン大学に来る一年ほど前に書いた +「ストールマンが欲しがったのはスプロールがカーネギーメロン大学に来る一年ほど前に書いた ;開き引用符が抜けてます 最新・最先端のコードだったんだ」リードは回想している。 -「欲しいと言われた時、スプロールがカーネギーメロン大学に来て一ヶ月も経っていなかったんじゃないかな」 +「それを言われた時、スプロールがカーネギーメロン大学に来て一ヶ月も経っていなかったんじゃないかな」 ;"request"を訳出するとなんだか座りがわるいと思った。かといって代名詞にしてしまうのも好ましくないのだが… -だが、スプロールに直接この要求があったことについて聞いてみると、全く覚えていないと言われる。 +だが、スプロールに直接この件について聞いてみると、全く覚えていないと言われる。 ;上と同様 「事実をお話しすることは出来ません」スプロールは電子メールで答えている。 「その出来事を全く思い出せないのです」 -このざっくばらんな会話の当事者である両人が肝心なことをを思い出せずに苦労しているほどなので +この素気ない会話の当事者である両人が肝心なことを思い出せずに苦労しているほどなので ;「ざっくばらん」は、隠し事のない友好的な雰囲気を(僕の語感では)感じる。 -- 会話した場所さえ思い出せないのだ -- スプロールがどの程度きっぱりと断ったのかは ストールマンの記憶の通り曖昧なままだ。聴衆を前に話すときにも、ストールマンは何度もこの出来事を持ち出したが、 スプロールとゼロックス社の間で交わされた、スプロールだけでなく調印した誰もが機密を守ることと引き換えにしか -ソースコードにアクセスできないという契約上非開示契約により彼が出し惜しみした件については全く触れていない。 +ソースコードにアクセスできないという非開示契約を盾に彼がソースコードを出し惜しみした件については +全く触れていない。 ;「契約上」は消し忘れ? -今ではソフトウェア産業では普通のビジネス種目となった非開示契約、NDA は当時は目新しいもので、 -ゼロックス社にとってのレーザープリンタの商品価値とそれを動かすために必要な情報のどちらも考慮されている。 +今ではソフトウェア産業では普通のビジネスアイテムとなったその非開示契約(NDA)は当時は目新しいものだったが、 +ゼロックス社にとってのレーザープリンタの商品価値と、それを動かすために必要な情報の両方を +考慮したものだった。 ;「ビジネス種目」だとビジネスの種類のようだ。 ;過去形。 -「ゼロックスは当時、レーザープリンタから商品になるものを作ろうとしていたんだ」リードは回想している。 +「ゼロックスは当時、そのレーザープリンタを商品になるものに仕上げようとしていたんだ」リードは回想している。 ;語感の問題。ただこっちの訳だと、AI研のプリンタをそのまま仕上げて商品化するように読み取れてしまう。 「ソースコードを渡すなんて正気の沙汰じゃないと思ったはずだよ」 だがストールマンにとって、NDA はとてつもなく重大なものだった。 -それは、これまではプログラマを共同体の財産としてプログラムに関わるようにしていたシステムに参加するのを、 -ゼロックスとスプロール、あるいはあの日ソースコードを渡すのを拒んだ誰かのどちら側からも拒絶された -ということなのだ。 +それは、ゼロックスとスプロール、あるいはあの日ソースコードを渡すのを拒んだ誰かが、 +これまではプログラマがプログラムを共同体の財産として扱うことが良しとされていたシステムへの +参加を拒絶したということなのだ。 ;プログラマが財産なのではない。あとは読み易さの向上を図った。 -ずっと使っていた用水路が突然干上がってしまった農民のように、ストールマンは水路を辿り、 -水源に辿り着いてみると、 +ストールマンは言わば昔から使っていた用水路が突然干上がってしまった農民のようなもので、 +水路を辿って水源に行き着いてみると、 ;「水路を辿り〜」以下のたとえがすんなり入るように、「ストールマンは〜農民のようなもので」としてみた。 そこにはゼロックスのロゴ入りの真新しい水力発電用ダムがあるのを見つけたというわけだ。 -ゼロックス社が仲間のプログラマに秘密を守るよう強制するこの新式のシステムを押し付けることに気が付いても、 -ストールマンはピンとくるまでにしばらく時間がかかった。 +ゼロックス社が仲間のプログラマに秘密を守るよう強制するこの新式のシステムを押し付けたことの意味を +ストールマンがきちんと理解するまでにはしばらく時間がかかった。 ;"the realization took a whle to sink in"が「気が付いても〜ピンとくる〜」では軽い。 -最初にはっきりしたのは、生理的な拒否反応だった。ほんの目の前で起きた事柄に面食らってしまい、 -仲間のプログラマのもとに予告なしにちょっと立ち寄ろうというストールマンの試みは、 -こちらは友好的なんだとデモンストレーションしているかのように解釈されてしまっていた。 -そしてそれが拒絶された今となっては、まるで大失敗でもしでかしたような気分だった。 +最初は生理的な拒否反応でしかなかった。 +ストールマンは、人と会うのが苦手でいつもぎこちなくなってしまう性質(たち)なので、 +予告なしに仲間のプログラマのもとに立ち寄るのは友好の証をたてたつもりだった。 +しかし要望が拒絶された今となっては、それは大失敗だったように思えてきた。 ;そうとう混乱されているようだが、"had been intended" は、「(ストールマンにより)意図された」という意味。 ;"had been"になっている事に注意。 「あんまり頭にきたんで、どうやってそれを表に出せばいいのか分からないくらいだったよ。 だから何も言わずにただ背を向けて出て行ったんだけど」ストールマンが回想している。 「きっとドアを乱暴に閉めるくらいはしたかもね。分からないけどさ。 -とにかく出て行きたかったことしか覚えてないよ」 +とにかくそこを出て行きたかったことしか覚えてないよ」 ;読んだときのリズムを考えて、「そこを」を訳出した。 -20年が経った今もまだ彼の怒りは収まっていないが、そんな訳でストールマンは大きな転換点を迎えることになった。 +20年経ってもまだ彼の怒りは収まっておらず、今ではストールマンはその出来事を一つの大きな転換点として +捉えている。 ;"Stallman has elevated the event into a turning point"は、その出来事を転換点に止揚・昇華させた感じがある。 ;「転換点として迎えた」では主体性が弱い。 -それから数ヶ月ほどの間、ストールマンや AI 研のハッカーたちのコミュニティは -遠く離れたカーネギーメロン大学に向かって30秒ほど怒りをぶつけたくなるようなトラブルに何度も見舞われたが、 -割合に平静を保っていた。 +それから数ヶ月のうちに、ストールマンや AI 研のハッカーたちのコミュニティは、 +遠く離れた比較的平穏なカーネギーメロン大学のオフィスで30秒ほどの緊迫をもたらすような出来事を +何度か経験した。 ;ここは大変難しい。"make tension in a remot Carnegie Mellon office"なので、ストールマンらは再び ;カーネギーメロンに赴き、そこで"make tension"した、と考えるのが妥当。もし八木訳のように、AI研で ;トラブルを経験したのなら、"series of events"ではなく"series of troubles"などの表現になっているのでは ;ないかと思う。"seem trivial"以下はカーネギーメロンにかかっている。 -だが、それにもかかわらず、ストールマンを中央集権化された権力に本能的な疑念を抱く一匹狼のハッカーから -ソフトウェア開発の世界に自由、平等、博愛の精神を謳う活動家へと変えた出来事は何だったのかという段になると、 -ストールマンはカーネギーメロン大学での仕打ちを選んで特に注意を喚起する。 +それでも、ストールマンを中央集権的な権力に本能的に疑念を抱く一匹狼のハッカーから、 +伝統的な「自由・平等・博愛」の精神をソフトウェア開発の世界に持ち込む活動家へと変貌させた +出来事は何だったのかを考える段になると、ストールマンはカーネギーメロン大学での出会いが特に重要だと指摘する。 ;"liberty, equality and fraternity"は決まり文句なので、「」で括った方が良いかと思ったが、どうだろう。 ;「ソフトウェア開発の世界に〜の精神を謳う」では主客不一致。 ;"encounter"は「仕打ち」ではないだろう。「出会い」よりは「出来事」の方がしっくり来ると思うが、 ;とりあえず「出会い」にしておいた。 「前から考えたいたことをまた考えさせてくれたよ」ストールマンは語っている。 「ソフトウェアは共有されるべきだという考えは以前から持っていたんだ。でもうまく考えがまとまっていなかった。 まだぼんやりとしていたし、世界中に向けて簡明なかたちで伝えられるところまで体系づけられてはいなかったんだ」 -前記の出来事はストールマンを激高させたが、カーネギーメロン大学陣営との対決よりも前に、 -彼自身は自分がずっと聖域と思っていた文化にこの手のことが侵入し始めていたのに気付いていた。 +先の出来事はストールマンを激昂させたが、ストールマンは、カーネギーメロン大学でのこの対面が、 +自分がずっと聖域と思っていた文化にこの手のことが侵入し始めていた事に初めて気付かせてくれたと述べている。 ;【激高/激昂】 ;"it wasn't until"の訳が違う。「until以下以前にはそれは無かった」となる。 -世界でも屈指のエリート校の、その中でもエリートに属するプログラマとして、 -ストールマンは自分の作業に支障をきたさない限りは仲間のプログラマの妥協や取引のことは無視していた。 +世界でも屈指のエリート校におけるエリートプログラマとして、 +ストールマンは仲間のプログラマが他所に妥協したり売り飛ばしたりしても、 +自分の作業に支障をきたさない限りは全くの無視を決め込んでいた。 ;「その中でもエリートに」に相当する表現は原文にはない。 ゼロックスのプリンタの一件まで、ストールマンはユーザーに我慢を強いるようなマシンやプログラムを ただ見下すことで満足してきた。 -ごくまれに AI 研がそんなプログラムの襲来を受けることもあったが -- 例えば、研究所がかの気高き -Incompatible Time Sharing オペーレーティング・システムを商用版の TOPS 20 に交換した際など -- -ストールマンと同僚のハッカーたちは個人的な好みに合わせてソフトウェアを自由に書き換え、再構成し、 -名前を変更してきた。 +ごくまれに AI 研がそんなプログラムの襲来を受けることもあった。 +例えば、研究所がかの誉れ高き Incompatible Time Sharing オペーレーティング・システムを +商用版の TOPS 20 に交換した事があった。こうした時、ストールマンと同僚のハッカーたちは自分達の好みに合わせて +ソフトウェアを好きなように書き換え、再構成し、名前すら変えてきたのだった。 ;ダッシュ括りを避ける訳。"vererable"が「気高き」はおかしい。「気高いOS」とは? ;「個人的な好みに合わせて」では個別にカスタマイゼーションしているようだ。 だが、レーザープリンタが AI 研のネットワークにうまく入り込んだ今、何かが変わってしまっていた。 -たまに紙づまりを起こす他はマシンはちゃんと動くが、個人の好みに合わせて修正することは出来ないのだ。 +たまに紙づまりを起こすことを除けばマシンはちゃんと動いていたが、 +好みに合わせて修正することは出来なくなってしまった。 ;"had disappeared"を活かす。 -ソフトウェア産業全体にとって、レーザープリンタは警鐘となった。 +ソフトウェア産業にとってみれば、このレーザープリンタは起床ラッパだった ;"wake-up-call"が「警鐘」だと、NDAの件が繰り返すべきでない忌避すべきもののよう。 ;むしろ「これはいいぞ〜」と注目を集めている。「目覚しベル」だとちょっと変だが、 ;かといって「起床ラッパ」はいくらなんでも古過ぎる。なにかいい語はないか。 -ソフトウェアがこれほど価値のある財産であるならば、企業はもうコードを公開する必要を感じることなどない。 -特に公開することで潜在的競争相手に安価で複製する機会を与えるのならば尚更だ。 +ソフトウェアはもはや価値ある財産となり、企業はソースコードを公開したいとはもう思わなくなってしまった。 +特に、公開することで潜在的競争相手に簡単に模倣の機会を与えるのならば尚更だ。 ;元訳では意味不明。"Software had become..."なので、ソフトウェアは...にすでに「なった」のだ。 ;"duplicate cheaply"は、確かに安くコピーするの意にも取れるが、相手が"competitors"なので、 ;そういうケチくさい話ではいと判断。 -ストールマンにとっては、プリンタはトロイの木馬のようなものだった。手を打たずに10年間過ごした結果、 +一方ストールマンにとっては、プリンタはトロイの木馬のようなものだった。無為に10年過ごした結果、 ;「無為に」というふさわしい言葉があるのでこれを採用。 私有ソフトウェア -- 後のハッカーは「独占ソフトウェア」という名称を使うことになった -- はもっとも卑劣なやり方で AI 研の内部に足場を築いていったのだ。最初は贈り物のふりをして。 -ゼロックスが機密を守るのと引き替えにプログラマにアクセスさせているのも心痛ではあったが、 -ストールマンはもし若いときにそんな見返りを提示されれば、 -自分もゼロックスのオファーを受けてしまっただろうということにも気づいた。 +ゼロックスが一部のプログラマに、機密を守るのと引き替えにさらなる贈り物にアクセスさせているのもまた +癪に触ったが、ストールマンは苦い顔をしながら、もし若いときにそんな見返りを提示されれば、 +自分もゼロックスのオファーを受けてしまっただろうと述べている。 ;"Stallman takes pains to note that"と現在形で書かれているのは、それを今認めるのはストールマンにとっても ;苦痛だという事。 -しかし、カーネギーメロン大学の一件のわだかまりが、ストールマン自身、これまでいい加減だったモラルに -強い影響を受けることになった。 +しかし、カーネギーメロン大学の一件のわだかまりが、ストールマン自身のモラルの緩みを引き締めることとなった。 ;"firming effect"は、「強い影響」ではなく「強く(固く)する効果」 -将来、どんな頼まれごとも疑いの目を持って見なければならないということも腹立たしかったが、 -それはこんな心苦しい問いを発せざるを得なくさせるものでもあったのだ。 -すなわち、もし自分のオフィスに仲間のハッカーがやって来て、 +これから先どんな頼まれごとも疑いの目を持って見なければならないということも腹立たしかったが、 +それはこんな不快な問いを発せざるを得なくさせるものでもあったのだ。 +すなわち、もし自分のオフィスにある日仲間のハッカーがやって来て、 ;「心苦しい」よりかは「不快な」か。 ;「ある日」を補った。 ソースコードをくれないかと頼まれたらそれを拒むのがストールマンの役目になってしまう日が来たらどうするのかと。 「これが非開示契約との最初の出会いで、すぐに非開示契約というものには犠牲者が付き物だということを学んだんだ」 とストールマンは断固とした口調で語っている。 -「このケースでは、僕がその犠牲者だった。(研究所と僕が)犠牲者だったんだよ」 +「このケースでは、僕がその犠牲者だった。(研究所と僕が)犠牲者達だった」 ;"was"を"were"と言い直しているのを活かしてみた。 このことは MIT の仲間たちの多くが AI 研を去りそれぞれ非開示契約にサインしていった激動の1980年代の間 ずっとストールマンに付きまとう教訓となった。 -大半の非開示契約(NDA)には期限があるため、 +大半の非開示契約(NDA)には期限があったため、 ;過去形 -ハッカーの中にはあまり深く考えることもなくサインした者もいた。 +ほとんどのハッカーは深い考えなしにサインした。 ;"few hackers A"は「ほとんどのハッカーはAしなかった」となる 彼らは遅かれ早かれソフトウェアは公知のものとなると判断したのだ。 そうこうするうちに、開発の初期段階にあるうちはソフトウェアの機密を守るということが、 ハッカーが最高のプロジェクトに参加する条件となっていった。 -だが、ストールマンにとってそれは滑りやすい坂道への第一歩なのだ。 +だが、ストールマンにとってはそれは滑りやすい坂道への第一歩だった。 ;過去形 -「そうやって同僚をみんな裏切るようなことをしないかと誰かに誘われた時、 +「そんなやり方で同僚みんなを裏切るようなことをしないかと誰かに誘われた時、 ;語感の問題 自分や研究所のみんながそんな目にあった時にどれだけ頭にきたかを思い出したよ」ストールマンは語っている。 「だから言ったんだ、素敵なソフトウェアにお誘いいただいてどうもありがとうございました。 でもそちらの条件では承諾できませんので、私はそんなものなしに済ませますよ、ってね」 -ストールマンがすぐに身をもって学んだように、そのような要求をはねつけるのは自己犠牲以上のものを伴うものだ。 +ストールマンがすぐに身をもって学んだように、そうした誘いをはねつけるのは自己犠牲以上のものを伴った。 ;過去形。前段落で「誘い」としており、ここでも「要求」という強い語調よりかは「誘い」を選んだ。 -機密に対しては同じような嫌悪感を抱いていたが、もっと融通が利いたやり方でそれを表明していた -仲間のハッカーたちから、 +機密に対しては同じような嫌悪感を持つもののもっと融通が利く方だった仲間のハッカーたちから、 ;"express"に感情を表わす語が続く場合は「表明する」ほどの強い意味は薄いように思える。ここでは ;さらに意訳してしまった方が通りが良い。 ストールマンは孤立してしまうようになった。AI 研の内部でさえますます孤立を深める中で、 独占ソフトウェアがさらに支配力を増していく市場と絶縁し、ストールマンが「最後の真のハッカー」を 自称するようになるまでにはそれほど時間はかからなかった。 -他人がソースコードを求めるのを断るのは、ストールマンは意を決した。 -第二次世界大戦以来ソフトウェア開発を育んできた科学のモラルに背くだけでなく、 -自分にして欲しいことを他人にせよとする、モラルの基礎である黄金律にも背くことなのだ。 +ストールマンはこう考えるようになった。他人がソースコードを求めるのを断るのは、 +第二次世界大戦以来ソフトウェア開発を育んできた科学の使命に背くだけでなく、 +自分にして欲しいことを他人にせよと説く、モラルの基礎を成す黄金律に背くことなのだ、と。 ;"Stallman decided,"を変に訳出してしまっている。 -よって、レーザープリンタとそのために受けた仕打ちは重要なことなのである。 +レーザープリンタとそれによりもたらされた出会いの重要性はここにある。 ;"Hence the A."→「よってAがある」。前段がAの理由となる。 -それがなければ、とストールマン自身が語っているが、彼の人生は商用プログラマとしての富で -誰にも見えないコードを書くことに人生を費やすという極度のフラストレーションを埋め合わせながら、 -もっと普通の道を辿ることになっただろう。 -そうなれば明快さを心がけることもなく、他人が扱わないような問題に急いで取り組むこともない。 +ストールマンは、もしそれがなければ彼の人生は、商用プログラマとして得た富を、 +誰も見ることができないコードを書くことに人生を費すという極度のフラストレーションでもって埋め合わせるという、 +もっと普通な道を歩んでいただろうと語っている。 +そうなれば明快さを心がけることもなく、他人が扱わないような問題に取り組むことへのこだわりもなかっただろう。 ;日本語として通りが良いように入れ換えている。「富でフラストレーションを埋め合わせる」よりかは ;「富をフラストレーションで埋め合わせる」の方が、やるせなさの実感があって良いのでは。実際原文の語順もそうだ。 -最も重要なことは、そこには正しい怒りもなければ、すぐ後に見ていくような、ストールマンのキャリアを -どの政治的イデオロギーや倫理的信念よりも推し進めていった情熱もなかったはずだ。 +もっとも重要なのは、後にわかるように、 +どんな政治的イデオロギーや倫理的信念よりもストールマンの経歴を着実に前進させていった、 +義憤という情動もそこには無かっただろうということだ。 ;「最も重要なことは〜なかったはずだ。」は主客不一致。 ;"righteous anger"こそが今あるもので、その説明として"an emotion that"以下がある。 「あの日以来、二度とこの手のものには関与しないと誓ったんだ」 -個人の自由を便利さと引き換えにするこの慣行 -- ストールマン流の NDA という慣行の描写だ -- と、 -同じくこの手の倫理的に怪しげな取引を後押しする文化をまず暗に当てこすりながら、ストールマンは語っている。 +と、個人の自由を便利さと引き換えにするこの慣行 -- ストールマン流の NDA という取引の説明だ -- および +こうした倫理的に疑わしい取引を第一に奨励するような文化全体を暗にほのめかして、ストールマンは語った。 ;"alluding to"はあてこすりの意味もあるが、ここでは、ストールマンの発言が"somthing"という曖昧な ;表現を使っており、そこに含まれている意味を補っているんだよ、と示している。 ;「(倫理的に)怪しげな」は個人的に座りが悪いので「疑わしい」にした。 ;"in the first place"のかかりは難しい。多分"encouraged"の方だと思う。 +「もう誰も犠牲にはしないと誓ったんだ。ちょうど僕が犠牲になったようにはね」 ;ここがスッポリ抜けている。 +註 +1. 「ハッカー」という言葉については、付録Bを参照のこと。 ;ついでにここも訳した。