長南です。 これは答えておかなければいけませんね。 > また別に私は [JM:03661] において > > GNU自由文書ライセンスを使う上でのヒント > > https://www.gnu.org/licenses/fdl-howto.ja.html > > ライセンス告知はどこに載せるべきですか。 > > > > 私の主張の一端がまさにこれです。 > とメールしました。 > > 上の参照URL先では、ライセンス告知をどこに書くべき > かとして、texinfo ファイルを例にしているのですが、それは > texinfoファイルの本文中ではなく、コメントとしてライセンス告知 > を表記する例を示しています。 紹介なさっている記事のこの部分ですね。 > あなたの文書の「メイン」なファイルに完全なライセンス告知を載せるだけで > 十分です。たとえばEmacs Lispリファレンスマニュアルの場合、elisp.texi > からincludeされるファイルが多数ありますが、完全なライセンス告知は > elisp.texiに載せています。あとのファイルには(日本語訳すると) > 単にこう書いてあるだけです: > > @c -*-texinfo-*- > @c このファイルはGNU Emacs Lisp リファレンスマニュアルの一部です。 > @c Copyright (C) 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1999 > @c Free Software Foundation, Inc. > @c 複製に関する諸条件については、elisp.texiを参照してください。 記事の文章は、具体的にどういうことかわかりにくいので、 elisp.info.gz と elisp.texi.tar.gz をダウンロードして、 試してみました。 "info -f ./elisp.info.gz" を実行すると、最初のページにこんなふうに Copyright notice とライセンスが表示されます。 This is the ‘GNU Emacs Lisp Reference Manual’ corresponding to Emacs version 28.1. Copyright © 1990–1996, 1998–2022 Free Software Foundation, Inc. Permission is granted to copy, distribute and/or modify this document under the terms of the GNU Free Documentation License, Version 1.3 or any later version published by the Free Software Foundation; ----(以下省略) ---- つまり、メインファイルの elisp.texi では、本文中に Copyright notice と 「ライセンスは GNU Free Documentation License, Version 1.3 云々」 との告知を書いておく。そして、他の texi ファイルでは、Copyright notice は コメント中に書き、ライセンスの方も、その参照先をコメント中に書くだけで 済ませる。そうすると、info コマンドを実行したとき、メインファイル中の 該当部分が表示される。そういうことですね。 この記事は、むしろ、info コマンドで表示される Copyright やライセンスの 告知は、メインファイルに書いてあるものだけなのだから、きちんとした形で 書くのはメインファイル中だけでよく、他のファイル中の同内容の記述は、 コメントやコメント中の参照指定でよい、と言っているだけではありませんか。 なお、一般のユーザは texi ファイルを持っていません。また、texi ファイル中の コメントは info ファイルに反映しません。ですから、一般ユーザが見ることのできる Copyright とライセンスの告知は、info コマンドで見えるところにあるもの だけです (厳密に言うと、たぶん同じものが info ファイルの普通表示されない ところにもう一箇所あります)。 順番が逆になりましたが、こちらについても書いておきます。 > 私は [JM:03651] において > > この問題は、特に本プロジェクトのように、翻訳者が次から次へと > > バケツリレー的に受け継いで翻訳していく(可能性のある)翻訳 > > プロジェクトにおいて、何気なく問題となるものと思います。 > > man ページの本文中に、その時の翻訳担当者が謝意を表したとして、 > > その後、後続の翻訳担当者が順次更新していったとします。 > > そのうちに、その謝意を表した、つまり引用、流用させて頂いた部分 > > が原文からなくなったとします。そんな場合に、本文中に含まれて > > いる謝意の文章は、そのまま残しますか? 削除しますか? > > 後続の翻訳者は、引用、流用がどのように行われたのか、詳細に > > 分かりません。したがって残すしかありません。でも原文からなくなって > > いたら、引用、流用もなくなっているはずで、おかしな状況に陥り > > ます。man ページ本文に書いてしまうから、それが起こると思います。 > > README や man ページコメントに、「ver 1.23 時点において > > 誰それの何々を参考にしました。感謝します。」と書いておくのが、 > > もっとも無難なやり方と思います。 > と書きました。これをどうお考えですか? まず、挨拶は、相手に聞こえるように、わかるように言わないと、 意味がありません。謝辞とか Acknowledgment というのは、要するに 挨拶でしょう。ですから、そうしたものは、普通、特別なことをしないでも 見えるところに書いておくものではないでしょうか。紙の本ならば、 前書きか後書きに。man ページや info マニュアルや pdf ファイルならば、 そうしたものを読むために普段使うツールで読めるところに (つまり、 less などではなく、man や info や pdf リーダーで読めるところに)。 実際にどうなっているかですが、info マニュアルの場合なら、 /usr/share/info で $ zegrep "Node: *(Credit|Acknowledgment)" *.gz とすると、Credits や Acknowledgments というセクションを立てている info マニュアルが見つかります。当方の場合、たった二つですけれど。 また、前書き (Introduction などのセクション) で一種の Acknowledgment をやっているものもあります (find など)。ですから、事実上 Acknowlegdment を本文中のどこかで行っている info マニュアルは、もっとたくさんあるのでは ないかと思います。 # GNU Emacs Lisp Reference Manual (elisp.info) の場合は、 # Introduction に Acknowlegdments というサブセクションがあります。 一般的な謝辞については、私だったら、要らなくなったことがはっきりして いるものは消しますが、曖昧なものは念のために残しておきます。それで 誰も困らないでしょうから。とは言え、そのへんは現在の校訂者の考えに 任せてよいと思います。そろそろいらないだろうというのも、一つの判断です。 引用について対象になるのは、「どこどこは何々さんの翻訳を使わせて いただきました」といった記述でしょう。たいていの場合、場所がわかって いるのですから、その記述を消すか残すかの判断も、そんなに難しくないだろう と思います。 -- 長南洋一